1862年6月

1862年6月12日(文久2年5月15日)、岩倉具視は左近衛権中将に転任した。前年10月の和宮東下の功績によります。岩倉にとってのこの世の絶頂の瞬間です。しかし岩倉の明治以前の出世はここで止まり、この後、暗殺の予告を避けるために11月4日(9月13日)には洛中を出て、霊源寺、西芳寺と移り住み、ここ洛北岩倉へ辿り着くことになります。