掲載日:2019年12月01日
1862年12月7日(文久2年10月16日)、岩倉具視が岩倉村へ移り住んで7日目、家来の小野昇造が訪ねて来ました。この日は昇造が槙山からの手紙を携えてきました。槙山からは手紙と共に、失意のうちに岩倉村へ移り住んだ具視を力づけようと、槙山の実家のある膳所から送られてきた旬の鰻を添えての手紙でした。槙山は明治維新後、具視の後妻として迎えられます。岩倉具視が艱難を耐えた旧宅を是非ご観覧ください。
1862年12月7日(文久2年10月16日)、岩倉具視が岩倉村へ移り住んで7日目、家来の小野昇造が訪ねて来ました。この日は昇造が槙山からの手紙を携えてきました。槙山からは手紙と共に、失意のうちに岩倉村へ移り住んだ具視を力づけようと、槙山の実家のある膳所から送られてきた旬の鰻を添えての手紙でした。槙山は明治維新後、具視の後妻として迎えられます。岩倉具視が艱難を耐えた旧宅を是非ご観覧ください。